2024年7月14日、全国高等学校野球選手権京都府大会。この日に私の高校野球マネージャー人生は幕を閉じた。球場に響くサイレンで、ようやく試合が終わり負けたことに気付いた。汗くさい後輩の背中を借りてとにかく泣いたことをよく覚えている。引退してからもしばらく部活ロスが続いた。8月にあった模試では、頭の中にふと吹奏楽部の応援が流れてきて涙が溢れ、目を擦りながら受験した(心も点数もボロボロだった…)。しかし時間が解決してくれるもので、受験勉強に明け暮れた夏以降泣くことはほぼなかったように思う。第1志望の大学に落ち、過去問も解かずにふらっと1回だけ受験した関大に合格したのは何かの縁だと思った。

カンスポの存在を知ったきっかけはInstagramの投稿。関大への入学が決まってから、SNSで情報を集めていたのだ。「行くだけ行ってみようよ」と友達に背中を押され、緊張しながら新歓ブースに顔を出したときの先輩の笑顔はまだ思い出せる。「体験取材おいでよ!」とたくさん誘ってもらい、まんざらでもなかった私はまんまと予約を取った。体験取材は、もちろん野球。土地勘が無いせいで、神戸三宮の地下鉄乗り換えに失敗し、ホームで泣きそうになりながら真宙さん(櫻田真宙編集長=社3)に遅刻の連絡をしたことは今では笑い話にできる。けれど、当時は本当に本当に絶望した。
出だしはしくじったが、体験取材は信じられないほど楽しかった記憶がある。懐かしい黒土のにおいや、触らずとも手に土が付いてかさつくあの感じに目を輝かせずにはいられなかった。大学では何か新しい別のことをしたいと思い、野球部のマネージャーにはならないことにしていたが、どうしても私は野球から離れられない。カンスポを知り、体験取材を経て、今度は記者として野球に関わり続けたいと思うようになった。けれどこれで良いのか。費用もかかるし、そもそも私にできるのか、何度も何度も考えた。最終的には、まあちょっと違ったら辞めよう、という中途半端な気持ちでカンスポへの入部を決意。それから気付けばもう約8カ月も経ってしまっている。まだ何にも成長できていないのに。
慣れてきたカンスポの活動は、やはりちょっぴり忙しい。土日が潰れてしまったり、編集期間中は家に帰るのが遅くなってしまったり、と。「こんなの誰が見るんだよ」と終わらないチェックにぶつくさ文句を言うこともある。けれど、ちょっぴり楽しい。まだ野球に携われるのが、世界一うれしいのだ。同期には、入部したての頃からずっと「私、いつの間にか辞めてるかもよ」と脅し続けているが、もう少し続けてみようと思う。【宮寧彩】


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