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街中がクリスマスムードに染まる12月半ば。イルミネーションが輝く東京へ、第94回全日本フィギュアスケート選手権大会(全日本)の取材で赴いた。来年2月に行われるミラノ・コルティナ五輪の日本代表最終選考会であり、関大スポーツ編集局(カンスポ)記者としての引退取材。終わってからもう1週間が経つのに、まだ余韻から抜け出せない。XもInstagramも開くたびにフィギュアスケートの投稿ばかり出てくる。そんな熱気が冷めないまま、気づけば3回目のコラムの時期がやってきた。

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△全日本のリンクサイド。小さい頃からテレビで見てきた景色は想像の何倍もきれいで、涙が出そうでした

『3年間カンスポを続けること』。私がカンスポに入った時の目標だ。今思えば小さなものだけど、当時は真剣にこれが目標だった。スポーツに打ち込んできた周りのみんなと違って、中高ずっと文化部だった私。とりあえず入部したはいいものの、土日は取材、編集期間は毎日20時まで作業の生活に、ついていけるのか不安でいっぱいだった。「どっちもしんどくならない範囲で頑張ろう」。何かを途中で投げ出すことは性分に合わないから、無理なく、続けられる範囲で。取材も会議で立候補して決めると聞いていたから、ほどほどに頑張ればいいと思っていた。

それからは月に3~5回、週1くらいのペースで取材に行った。テレビで見てきた競技もあれば、初めて見る競技もある。どの競技にも共通していたのは、最後まで全力で戦い抜く姿。KAISERSのかっこいい姿に魅了されて、少しずつ自分から行きたいと手を挙げるように。広島へ遠征に行ったりもして、取材することの楽しさを満喫していた。

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△初遠征の広島。遠征っていう響きだけでワクワクしていました(笑)

そんなある日、先輩から1つの提案をもらった。1月に行われるアイススケート部フィギュア部門のインカレ。先輩から「代わりに行かない?」と言われた。1月も取材に行ける。そのことがうれしくて、二つ返事で「行きます!」とうなずいた記憶だけはある。いつも後先考えすぎてしまう自分が、この時は。でも、よくよく考えれば会場は群馬。1人で遠征に行ったことがなければ、ホテルや夜行バスの取り方も分からない。完全にやらかしたと思った。

いろいろありながら到着したはいいものの、会場の雰囲気に圧倒された。初めての全国大会で、周りを見渡せば大人の記者ばかりだし、テレビカメラも入っている。明らかに自分がいることが場違いな気がして、同志社スポーツアトムの彩香ちゃんと2人で周りにおびえながら取材した。(全日本前にその時のインタビューを聞き返したら、びっくりするくらい声が震えていた(笑))カメラで撮って、インタビューして、記事を書く。3日間これを1人で繰り返した。ただ撮って書くことはできるけど、一つ一つのクオリティを上げるためにはどうすればいいのか。何もかも分からないことだらけで、自分の力不足を感じた。

もう1つ心に残ったことがある。それは、インタビューでの選手の言葉。初めて対面でインタビューさせてもらった、2人の選手の言葉に心を動かされた。15年以上競技を続ける中で、それぞれが現役を「あと1年」、「あと2年」と区切りをつけるタイミングでのインタビューだった。試合に挑む裏側で、これまで積み重ねてきた努力と、並々ならぬ覚悟があること。人生の半分以上もの間、競技に全力で向き合っていること。そして、それを聞かせてもらえるのは学生記者の立場だから。『選手一人一人の思いが伝わる記事と写真を届ける』。楽しいだけだった取材に、1つ目標が加わった。

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△群馬での思い出。3年間ずっと一緒に取材してきた彩香ちゃんにも、感謝の気持ちを伝えたいです

前よりも写真の撮り方、記事の書き方を意識するようになった2年春。侍ジャパンの試合に行かせてもらったり、リーグの半分くらい取材に行かせてもらっていた準硬式野球部が5年ぶりに優勝したりと充実した毎日を過ごしていた。編集は忙しかったけど、そんな日々も楽しかった。

その反面、秋は苦しい時間が多かった。担当するバスケットボール部女子のリーグ戦。『2部優勝・1部昇格』を目指す中、接戦で勝ち切れない。もがき苦しむチームに、何もできない自分の立場がもどかしかった。言葉に思いを託して、私なりの写真を撮る。自分自身も正解が見えなかったけど、それだけはやめなかった。結果的に、その思いは届いていた。リーグ終わりにかけてもらった言葉で、自分の記事と写真は無駄じゃなかったと分かった。それでも、もっと力になりたい。『KAISERSを支えられる記者になること』。3年目の目標が決まった。

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△思い出の新聞。やっぱり担当競技の号は特別です

3年生は、1年生の頃から見てきたアイススケート部フィギュア部門、準硬式野球部、バスケットボール部女子の班長に。せっかく担当させてもらえるから、やれることは全部やろう。悔いが残らないように。KAISERSの本気に、本気で向き合えるように。

春連覇が懸かっていた準硬式野球部。結果はリーグ4位で、全日への予選ではサヨナラ負け。それでも、スタメンもベンチもスタンドも関係なく、支え合って全員で戦う姿は本当にかっこよかった。春は選手名鑑、秋は幹部インタビュー。夏にはタイトルの号外も作らせてもらった。「今日俺ヒーロー?号外?」って取材では毎回誰かが声をかけてくれて、カンスポを楽しみにしてくれていることがうれしかった。来春こそリーグ優勝、全日出場できるように、これからも応援しています!

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△春季リーグ最終戦後に、準硬と応援団の皆さん、カンスポ準硬担当での1枚。球場に響く関大スタンドの応援が大好きでした!

2年間担当させてもらったバスケットボール部女子。昨年の11月は選手が9人しかいなくて、苦しい場面を何度も見てきた。それでも、今年は24人になって、リーグ戦では2部優勝。優勝が懸かったホームコートでの最終戦、勝利が決まった瞬間は2年分のたくさんの思いがこみ上げてきた。「自分たちと同じように喜んだり悔しがったりしてくれてる姿を見て、ほんまにうれしかったし、ゆなちゃんもしっかりチームの一員やった!」。主将さんからかけてもらった言葉と、部のInstagramに載せてくれたメッセージはずっとずっと忘れません!

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△2部優勝を決めた日。目指し続けた景色を一緒に見れたこの瞬間が、カンスポで一番の思い出です

3年間で一番取材に行ったアイススケート部フィギュア部門。寒くて冷たい氷の世界で、理想の演技を追い求める姿はどんな時も輝いていた。その覚悟に見合うようになりたくて、試合告知も号外も企画もたくさん作った。中でも、今年の西日本と全日本は忘れられない。演技後に涙ながらに語ってくれた本音。その思いを1人でも多くの人に伝えたくて、必死に記事を書いた。どこまで心に響くものが作れたかは分からないけど、私にできることは全部やり切ったと思う。

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△今年2月の引退セレモニー。温かい部員のみんなと保護者の皆さんに、いつも感謝の気持ちでいっぱいです!

ほどほどに頑張る。気づけばそんなことは忘れて、全力を尽くしてきた。この1年間で行った取材は77回。秋は週4、5で取材に行き、無茶なダブルヘッダーも何回もした。体力は限界だし、朝は早くて夜も遅い。会場は1時間半以上かかるところばかりだし、しんどいことはたくさんあった。それでも、そんな毎日が幸せだった。一瞬に懸けて戦うKAISERSと同じ瞬間を共にできることが、心から誇りだった。

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△今年作った試合告知と企画。いつもギリギリチェックなのに見てくれてありがとうございました(泣)

そして、一番近くにいるKAISERS。カンスポのみんなと過ごす時間も、本当に大好きだった。朝が早かったり即日記事だったり、しんどいことがあってもキラキラした目で取材に行く姿。誰かのためにこんなにも頑張れるみんなはすごくかっこよくて。3年間頑張ってこられたのは、いつも隣にみんながいたから。一緒に活動できて幸せでした。

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△『ベストトゥエルブ』な同期たち

このコラムを書き切ったら、本当にカンスポとしての時間が終わる。寂しさはあるけど、不思議と後悔はない。泣いて、笑って、悔しくて、うれしくて。毎日たくさんの感情にあふれていて、色とりどりに輝いていた3年間。KAISERSの一員として駆け抜けた日々は、ずっと忘れることのない、かけがえのない宝物です。これまで関わってくれた皆さん、本当にありがとうございました。【中吉由奈】

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