愛する故郷、富山。18年間お世話になった町である。今年の春、私はその住み慣れた町から旅立つことを決めた。家族も友達も知り合いもいない大都会大阪。不安な気持ちで押しつぶされそうだった4月、運命の出会いを果たす。関大スポーツ編集局(カンスポ)との出会いだ。高校時代、写真部に所属していたため、もともとカメラに興味があった。部活動紹介の冊子で体育会の最後の方にカンスポを発見。恐る恐る新歓ブースに行ってみると、とても暖かく笑顔で迎え入れてもらえた。どのブースよりも優しく対応してもらい、「ここなら楽しく過ごせそう」と思い入部を決意。同期も優しい人たちばかりで、カンスポに入部して良かったと心から思っている。春にはあった大きな不安も知らない間に消えていた。それもすべてカンスポのおかけだ。
そんな私のカンスポ生活で最も印象に残っていること。それはやはり、富山での取材。しかもソフトボールの取材であった。私は中学3年間ソフトボール部に所属していた。よく試合をしていた岩瀬スポーツ公園で行われた全日本大学選手権大会。馴染みのあるその会場に着いた途端、あの頃の思い出が蘇ってきた。試合は9時開始なのに6時集合。眠気と戦いながらのランニング。日焼け止めの意味がないほど強烈な日差し。グラウンドの横にある丘でやったスライディング練習。最後の試合でみんなで泣きあった芝生。当時15歳だった懐かしい記憶が鮮明に思い出された。カンスポに出会わなければ、もう一度思い出の会場を訪れることはなかったかもしれない。中学時代は実際にグラウンドで汗を流していたが、今回はネットの外から選手たちを見つめた。
来年からは、なぎなた部、少林寺拳法部、そしてソフトボール部男子の班長を務めることとなった。班長を務めることの不安もあるが、期待もどんどん膨らんでいる。家族や地元の友達も、遠く離れた富山から応援してくれている。そんな期待に応えるためにも、全国各地へ飛び回ることとなるだろう。そして大好きな富山にもきっと。【早川莉央】
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