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水泳への愛

水泳への愛

私は水泳に14年間関わり続けてきた。だが、幼稚園の時は水が大嫌い。顔すらつけられず、プール遊びの時間が苦痛でたまらなかった。小学1年の時、母に連れられスイミングスクールへ。母も水に顔を付けられない私をみて危機感を抱いたのだろう。そして、週1で通う日々が始まった。初めて顔をつけた時の光景は今でも鮮明に覚えている。いつも見ている光景とは違った。言葉では言い表せないが、水の中独特のあの雰囲気の虜になった。クロール、平泳ぎと順番に習得し4泳法が完璧に。大学生になった今、アルバイトでスイミングコーチをしているからこそ、相当手がかかったことは容易に想像がつく。顔をつけられて、浮くことができて、4泳法が泳げるようにと段階を踏んでいくのは大変なのだ。水泳が大好きになるまで教えてくれたコーチたちには頭が上がらない。中学校には水泳部がなく、そのスイミングスクールに通い続けた。水泳の授業では、周りと比べれば速く泳げた。今思えば誰も水泳を習っていなかったのだから当たり前だ。しかし、高校で入った水泳部では現実の壁にぶつかる。部員の中で、下から数えた方が早いスピード。飛び込みも苦手で大会へはほとんど出なかった。

そのようなこともあり、大学では続けられないと感じ、他の道で水泳に関わることを考えた。コーチのアルバイトはその1つだ。さらにメディアに興味があったことから「カンスポ」を知った。新歓ではカンスポのブースに直行。そこしか行かなかった。先輩に「好きな競技は?」と聞かれ「水泳です!」と答えた。後から聞いたが、かなり珍しかったらしい。

そして今年8月に日本学生選手権の取材で「タツミ」に足を踏み入れた。水泳界でその言葉を知らない者はいないと言われる「東京辰巳国際水泳場」だ。名前を何度も聞いたことがあるからこそ、憧れの場に入った時はそのプールに圧倒された。立派な国際規格の長水路プールで、水は透き通るようにきれい。そして、触れられそうなくらい目の前で、日本記録を持つ有名な選手が泳いでいる。とても幸せな時間だった。どの選手も足先から指先に至るまで、泳ぎの全てが美しい。水の表面を滑るように進んでいく一切の無駄がない動き。いつまでも見ていられた。そしてその中に、今まで取材してきた関大の選手がいる。水泳に再び惚れた。もっと水泳の魅力を広げたい、心からそう思えた瞬間だった。

△東京辰巳国際水泳場メインプール
△取材席から

私が引退するまでに残された時間はあと1年だ。野球やサッカーほどに注目が集まることは少ない水泳。その魅力を世に伝えるために、残りの1年全力で水上競技部の取材に取り組む。そして、少しでも水泳のファンを増やしたい。【中村祐貴】

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